しあわせの核心
同窓会は、上野村。
上野村に住んでいる同期が2人いる。
村の道路沿いの歩道のフチに腰掛けたばぁちゃん3人が目を細めて井戸端会議をしていた。
その姿がとてもかわいくてそれだけでやさしい気持ちになった。
お邪魔したお宅では、赤芋に甘味噌を絡めた料理をいただいておこたであったまった。
200年前に建てたこの家には、神棚、その右隣にはだるまが数個並んでいる。
大きいだるまの目の片っぽはまだ黒く塗られていなかった。
左隣にはご先祖さまの写真。
家が丸ごと、その姿をもって200年の歴史を教えてくれる。
初めて会った人、初めてお邪魔した家で眠たくなり、ここで一眠りできたらどんなに幸せかと想像してしまった。
朝起きると何種類もの鳥が鳴いている。頭はからっぽなのに自然とわたしの体がおしゃべりしているみたいだった。その朝の感覚が懐かしくて、いつしか小国町のお寺で迎えた大切な朝を思い出した。
それは、ニワトリの鳴き声とお寺の和尚さん、とも子さん、恩師と過ごした朝のことだ。大切な大切な朝だった。
自然と過ごせたことも良かったけど、大切な仲間12人と過ごせた時間が何より心地よかった。
まわりの人がすごいんだよ
最近いろいろなところでいい出逢いがあり、その人たちがどんどん前に前にわたしを進めてくれている気がする
夢がまたひとつ叶ってしまいそう
よく夢を叶えるために努力すると言う
でもその努力に加えて、まわりの人の助けがないと夢って叶わないんだなということも日々教えてもらっている
夢を叶えるとまわりからはすごいね、すごいねと褒められることもあるけど、まわりで助けてくれている人がすごいんだよ、とおもう
今日は涼しい、嬉しい。
今日の夜は涼しくて、それだけで嬉しい。明日の朝はちょっと早く起きてミルクティーを飲もう。
小中学生の山村留学~小国町(山形)叶水~
わたしが協力隊として1年間お世話になり、今も密かに行っている山形県小国町の叶水地区。
ここには、全校生徒約15人の小中学校があります。人数が少ないからみんなが主役。
大人は車でしか通らない山道を近所の子どもが数人集まって歩いて登校します。
わたしが叶水にいた頃、一緒にワラビ採りに行きました。
誰が一番ワラビを採れるのか競争したら、中学生は10kg以上採るし、小学生だって採っているのに、当時23歳のわたしも3kgくらいでした。
脱いだ靴は、いつの間にか揃えられているし、虫とか雪のこともよく知っていて、わたしの知らないことをたくさん教えてくれました。
そしてここでは、集落に住む90歳以上のおじいちゃんと7歳の子どもが一緒に同じ校歌を歌っている。地域とともに年を重ねた小中学校です。
そんな地域で、山村留学というプロジェクトが再開されました。
山村留学とは、一定期間地域にホームステイしながら、その地域の小学校に通い、生活をするもの。全国でもいくつかの地域で実施されています。
受け入れには、1.子どもがひとりで留学する「里親方式」と2.家族みんなで移り住む「家族移住方式」があるようです。
詳しくは、リンク先に行って、気軽にお問い合わせしてみてください!
西土佐大宮(高知)に行ってきました!
5月中旬。大学時代から通っていた高知県四万十市にある西土佐大宮地区に行ってきました。ブログを更新したい!と思っていたのにもう、3週間も経ってしまいました...
(高知で書いた日記より)
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久々の高知は、日頃の焦りや義務や不安が吹っ飛ぶ2泊3日でした。
軽トラで大宮に向かっているとドア全開の車とすれ違うし、植えたばかりのコメの苗が青々と揺れていました。
自分が喋らなければ、何一つ物音がしなくて、透き通る空気に包まれている。
ホントに大宮は、「わたしはこういう人じゃなければいけない。」って言うのを忘れさせてくれる場所です。
何を言っても、間違っていたり、違う意見があれば、はっきりと言ってもらえる。
おかげでわたしは言葉を選ばずに思ったままの言葉でしゃべることができます。
協力隊に行く前にここ西土佐大宮に来て泊まらせてもらったお家は、農家民宿を始めているし、地域の拠点「集落活動センター」は建物が大きくなっていて、加工所もできて新しい匂いがするし、こんなに小さな集落がたった2年でこんなに変わるんだ!と驚きでした。
はじめてこの集落に来たとき「小さな政治が動いている」と感じた感覚を思い出しました。
夜、外ではカエルがないていて、朝は鳥が目覚まし代わりに鳴いてくれる。
蚊もいて、3箇所くらい刺されました。
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今日、暦の上では、芒種(ぼうしゅ)。
芒とはのぎと読み、イネ科の植物籾殻部分のことらしく、昔は芒種を迎える頃に種まきをしていたと歴便覧に記されているそうです。